ハッスル・リポート
宮川豊史の一般質問「東久留米の将来像について」 その2
平成15年第2回定例会(第3日)6月10日
 続いて、職員の新規採用について伺います。
 新しい市政を行なう上で、新しい組織が必要であると同時に新しい人材も必要です。現在、東久留米は第一次行財政改革の一環として退職不補充政策をとっています。この退職不補充によって職員人件費の削減につながり、一定の財政効果を生み出したことは高く評価される政策であると思っています。ですが、きょうの野島議員の質問でもあったように、いつまでも退職不補充を続けてしまっていては、職員層の空洞化にもつながりかねません。事実、この退職不補充は平成15年度までとなっています。来年度以降の退職不補充政策についての御見解を伺います。継続するのかどうなのか、継続するのであれば、どれくらいの期間までかについて伺います。
 私は、行財政改革も今の市財政の急務だとは考えておりますが、将来の東久留米を担う人材を育成することも行政の任務だと、大きな役割だと考えております。新しい建物や新しい道路は1年、2年でできますが、新しい優秀な人材は育成するのに10年、20年かかります。長期的な視野に立った職員採用計画について伺いたいと思っています。

 続いては、合併問題です。市町村合併について伺います。
 東久留米の近隣を見回した際、保谷市、田無市が合併して西東京市になって2年半がたちます。ことしの4月には新座市が合併の是非を問う住民投票を行ないました。このような状況を考えると、当市においても合併問題は決して他人事ではありません。今後のまちづくりを考える上で、この合併というのを視野に入れるかどうか、市長の御見解を伺います。
 できれば、イエスかノーか、はっきりとした立場に立った御答弁をいただきたいと思っています。なぜならば、市長が合併に賛成すれば、反対論が巻き起こります。市長が反対すれば、賛成論が巻き起こります。そうすることによって議論が起こるわけです。議論を尽くしてこそ、今後の東久留米の進むべき道が示されると私は考えています。市長は市民の議論にゆだねたいという御意見をお持ちでしょうが、その市民の議論を起こすのもトップリーダーたる市長の役割です。まずどのような問題においても市長が一石を投じることによって、議論を起こし、今後のまちづくりについて市民、行政ともに議論し合えるような、そのような雰囲気をぜひつくっていただきたいと思っています。
 ちなみに、東久留米が合併するべきかどうかという私の意見は、ノーです。その理由を簡単に述べますと、東久留米人口11万人は一つの自治体として十分な数ですし、市税収入も150億しかではなく、150億もあるわけですから、その範囲内で適正な自治体をつくり上げることが、現在行政に携わる者の役目だと考えています。また、市の名前というのも一つの文化だと私は考えています。西東京市の皆さんもやはり、保谷、田無という呼び方をいまだに続けていることから、合併によって市の名前を変える、文化を変えるということは避けるべきではないかと考えております。東久留米は東久留米らしくあるために、私は合併に対しては反対いたします。

 続いては、地方分権について伺います。
 2000年に地方分権一括法が施行されて以降、どれほど地方分権が進んだのか。一般には、事務事業ばかりふえて、権限・財源は全く移されていないと言われていますが、実情について伺います。
 本日、私、これまでいろいろな項目の質問をしてきましたが、すべてはこの地方分権につながると考えています。現場主義も、行財政改革も、新しい組織も、人材も、分権に耐え得る自治体をつくり上げる上で不可欠です。これからは地方分権というのが東久留米の大きなテーマとなっていくと思います。といいましても、国が税財源を移譲しない限り地方分権は進まないという意見もありますが、どんなに国が財源移譲を進めようとしたとしても、自治体側でその準備が、受け入れる体制ができていなければ、何も意味がないことです。まず効率のよい行政をつくり上げ、健全な財政をつくり上げることによって、初めて、国に対して権限・財源の移譲を強くアピールできると私は考えています。
 20世紀後半の日本は中央集権によって高度な経済成長をなし遂げました。それが一段落した今、21世紀は地方分権の時代です。本日、市長は地方主権という言葉もおっしゃっていますが、市長の言う市政新時代とは、中央政府に依存しない、自己責任のもとに自己決定のできる自立した自治体をつくり上げることだと私なりに解釈しておりますが、市長のお考え、御見解はいかがでしょうか。よろしくお願いします。

 大分長い時間になってしまったんですけれど、残りの3つは短目に質問させていただきます。
 まずは住民投票についてです。
 東久留米において、今後、住民投票条例の作成に取り組む用意があるかどうか伺います。市長はこれまでの議会答弁の中で、住民投票は議会制民主主義にそぐわないという発言をされていますが、きょう私がここで皆さんに申し上げたいことは、議会制民主主義の中においても住民投票を実施することは可能だということです。間接民主主義と直接民主主義を比較した場合、間接民主主義のほうがより賢明な判断を下せるシステムであるということは、理論的にも歴史的にも証明されていることです。その間接民主主義の最高意思決定機関として位置づけられているのが議会です。その議会で、ある特定の問題について、これは議会内の多数決ではなく市民の皆様の直接の判断にゆだねたいと議員の多数が判断した場合、これは立派な住民投票を行なう根拠になり得るわけです。ただ住民投票を行なうだけでは、責任の所在を不明確にし、市政の混乱を招いてしまいます。そうならないためにも、議会の多数が認めれば住民投票ができるということをはっきりと明文化する、そうすることによって議会制民主主義の中においても住民投票が行なえると私は考えています。

 続いて、ふるさとづくりについてです。
 東京都内の市で都心のベッドタウンである東久留米にふるさとという言葉はふさわしくないと言う人もいるかもしれませんが、私のように、東久留米が発展する過程でこの地に移り住み、子供時代を過ごした世代にとっては、東久留米こそがふるさとです。同じ思いは、馬場議員も中野議員も富田議員も持っていらっしゃると思います。そのふるさととしての東久留米を守るために、ハード面、ソフト面からの対策を行なっていただきたいと考えています。ハード面としては、ふるさとの景観を明らかに損ねるような高層マンションの乱立を防止したり、地域の分断につながりかねない都市計画道路の見直し、また、ソフト面としては、市民の皆さんがふるさとという共通認識を持てるようなイベントをつくったり、または今までのイベントを守るということが考えられると思います。
 方策はいろいろあると思いますが、確実に一つ言えることは、今、何らかの手を打たないと、ふるさととしての東久留米の姿は変わってしまうということです。何らかのふるさとづくりの対策をしていただけるかどうかを市長に伺います。

 最後に、心のバリアフリーについて伺います。
 心のバリアフリーは、これから私が議員として活動する際、常に目指していきたいテーマです。きょう皆さんに申し上げたいことは、心のバリアフリーとは、障害を持つ人のためだけのテーマではないということです。心のバリアとは、年齢、性別、障害、国籍の違いに対する偏見や固定観念などの目に見えない壁です。そのような私たちの心の中に潜む目に見えない壁をなくすことによって、だれもが住みやすい真のバリアフリー社会を実現すること、それが心のバリアフリーの目標です。
 この心のバリアフリーをどのように行政に取り入れていくかについてですが、まず、エレベーターの設置や道路の段差をなくしたりという、形だけのバリアフリーが本当のバリアフリーではないということを行政側の皆さんに認識していただきたいということです。形だけではなく、気持ちのこもった心のサービスを提供し、そのサービスを受ける市民の皆さんが心から満足し、笑顔で生活すること、それが本当のバリアフリーです。心のバリアフリーを通じて、この東久留米が会話のあふれる、笑顔に包まれるまちになること、それが私の議員としての目標であり、一市民としての私の夢です。心のバリアフリーの基本的認識について市長に伺いたいと思っています。
 以上で私の壇上での一般質問を終わらせていただきます。長時間にわたり多項目となりましたが、御答弁よろしくお願いします。なお、御答弁に応じて自席での再質問をさせていただきたいと思います。

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