ハッスル・リポート
心のバリアフリーを掲げて
東久留米市議会議員(久留米ハートネット)
宮川 豊史さん
都内で初の視覚障害者の議員となったが、「特別なことをしている意識はないんです。
目が見えない議員もおられ、その先生方が切り開いてきた道を歩いているわけですから」
目が見えなくなった時から、「自分のことは自分で決めなさい」と、親はその意思を尊重してくれている。
今回も理解し応援してくれた家族・友人らだが、「どこからあんな票が出てきたのか」と、3位当選には一番驚いていたとか。
当人も結果を出すよりは、自分のメッセージを伝えたいという思いが大きかった。
政党に属さず支援組織もなく、駅前を中心に街頭演説をしたが、反応がつかめなかっただけに当選は嬉しかった。
地域の人のために活動したいと思うようになったのは、アメリカ留学後。
「欧米の方が障害者には住みやすいというが、実際はどうか、見定めたかった」
結果的に設備面では遜色なかった。「ではなぜ違うのか。周りの障害者に対する意識や環境の違いだと思うんです。
日本ではいい面でも悪い面でも特別扱いされ、対等の立場から見てくれません」
人の優しさは人種で異なるわけではない。「優しさを表に出しやすい環境と、ためらってしまう環境が大きいと思う。
『心のバリアフリー』を掲げ、目に見える行政サービスだけでなく、
気持ちの面で満足してもらうサービスを行政側に考えてもらいたいんです」
サービスを受ける当事者が政治に参加することで、受ける側、提供する側の関係から、
「1人の市民を大切にすること」につながれば。政治を、もっと身近に感じてもらいたいのだともいう。
高校1年で原因が分からないまま、2〜3カ月で視力を失った。「同じ学校、同じ友達と、
日常生活に変化がなかった。違う環境になったら、ショックは大きかったと思う」
大卒後、あんま鍼灸師の国家資格をとったが、「もう少し勉強したいという気持ちが強かった」。
さらに、3年間のアメリカ留学を経て、久留米ハートネットを立ち上げる。
発達段階とはいえ、音声認識ソフトなどで議会活動を担う上でのバリアはない。(門)
東京生まれ。立教大法卒。クリーブランド大留学中、インディアンズのファンに。
「野球が大好きで、目が見えないと楽しめないかと思ったが、十分楽しめる。
音楽も映画も趣味が変わらなかったことも、自分にとっては大きかった」。両親と離れ、独立。30歳。
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